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◆9月カスリーン台風関東地方 直撃。

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昭和24年に策定された利根川改修改定計画の 一環として調査に着手する
   
 


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八ッ場出張所開設
■利根川の治水と利水のために
八ッ場ダムは昭和27年、カスリーン台風(昭和22年)による大被害をうけ、利根川上流にダムを築いて洪水調節を行い、下流部の洪水被害の軽減を図るための治水事業の一環として計画されました。 また、年々増え続ける首都圏の人口と、それに伴う水の使用量の増大を支えるための水資源開発も大きな目的です。 しかし、吾妻川が強酸性の水質だったために中断、昭和38年に上流に、酸性水中和工場がつくられ河川水が利用可能となったため、昭和39年に調査が再開されました。 水源地としてダム建設が予定された長野原町、そこには 関東の耶馬渓と称される
吾妻渓谷 「おじぎをしたら頭が山にぶつかる」と言われる急峻な土地に、幾世代にも渡る人々の汗と努力で築かれた山里の穏やかな暮らしがありました。



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昭和48年 水源地域対策特別措置法 (水特法)が成立
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昭和55年 群馬県は長野原町と同議会に
        「生活再建案」 「生活再建の手引き」を提示
■突然通告されたダム建設の話。
当時のダム建設の問題として事前の説明や相談が地元になされることがなかったため、「いきなり土足で踏み込まれた」と感じた水没地域の人々の怒りと反発は簡単に消えるものではありません。 先祖の土地・家屋・仕事・地域の絆も生活の基盤すべてが水に沈み、故郷を失う悲しみ。 水没後の生活の不安も心に重くのしかかりました。 川原湯温泉は800年の歴史を持ち、情緒あふれる町並みと共にその名を知られた名湯です。特に当時は多くの観光客で賑わう最盛期を迎えていたので、17軒の旅館、17の商店、そのすべてが水没することははかりしれない衝撃でした。 「沢の水を引いた簡易水道を大切に使って平穏に暮らす山里が、水を大量に使って快適な生活を享受している都会のために、なぜ一方的に犠牲を強いられるのか」
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昭和53年6月17日朝日新聞
   
 
昭和60年 長野原町長と群馬県知事は、
        生活再建案について包括的な合意をし、覚書を締結
   
 


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建設省と群馬県は、水没5地区の 再建対策計画である
        地域居住計画を作成し、関係全世帯に配布

■解決の道は遠く。
金銭的補償だけではなく、水没後の暮らしの不安をなくしてくれる生活再建計画、それが地元住民の望みでした。 昭和44年、初のダム説明会が開かれ、生活再建相談所も開設。 しかし、地形上の困難から、移転地探しははかどらず、住民の不安に応える生活再建計画を提案するのは難しいことでした。建設省と関係者の事態打開への努力が続く中で、昭和55年、群馬県から水没後の生活の具体的ビジョンを描いた「生活再建計画」が長野原町に出されました。 地元の人々の中からも行き詰まった現状を打開しようという声が上がり、新しい町づくり、故郷づくり、ダム開発を地域の振興に役立てる道を求める住民の真剣な討議が始まりました。また、今までの法律ではカバーできない水没関係者の支援のために、昭和48年、「水源地域対策特別措置法」(水特法)が制定され、
昭和61年に国の指定ダムとして告示されました。 昭和51年、水源地の犠牲に対して、恩恵を受ける下流受益地も相応の負担をする「利根川・荒川・水源地域対策基金」が発足し、八ッ場ダムは昭和62年に基金対象ダムに指定され、ダム事業・水特法事業・基金事業の3事業によって、水没者の生活再建をはかることとなりました。

   
 


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長野原町長と群馬県知事および関東地方建設 局長は、
        「八ッ場ダム建設事業に係る基本協定書」を、締結
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平成4年7月2日朝日新聞
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平成10年 長野原一本松地区の
       「モデル代替地・ インフォメーションセンター」開所
■町の再生への歩みスタート。
昭和60年、住民の要望がまとまり、再建へと動き始めました。 新しい町づくりの基本は、今までのコミュニティーを分散させずに5地区の集落ごとに新しくできるダム湖の湖畔に代替地を造成する「現地再建方式」(ずり上がり方式)といわれるものです。 水没する川原湯温泉は新しい温泉街として生まれ変わります。 また、各地区ごとの特性にそった家や農地が確保され、小中学校や公民館の移転と共に、下水道、公園、駐車場などが整備された快適な居住空間づくりを目指します。地元の一人一人の意向を伺う調査も行われ、「まちづくり計画」は具体的な形を表しつつあります。 故郷の水没という大きな犠牲を犠牲に終わらせることなく、この地域で守られてきた伝統と文化を継承し、高齢者にも住みやすい町づくり、子供や孫に自信を持って引き継ぐことができる町づくりに向けて、これからも地元の方々との協議を続けていきます。 しかし、安定した暮らしが築かれるまでには、まだ長い道のりと苦労が必要です。八ッ場ダムの恩恵を受ける首都圏の人々に、ぜひそのことを心に留めていただきたいと思います。
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国土交通省 八ッ場ダム工事事務所:
〒377-1395 群馬県吾妻郡長野原町大字与喜屋11番地
TEL:0279-82-2311