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    荒川紀行

    岩淵水門 荒川放水路

    江戸時代初期の荒川の背替えから昭和初期までは今の隅田川の流路に荒川が流れていました。今の荒川下流域は人や機械が掘って作った人工の荒川放水路なのです。
    明治43年(1910年)洪水により、荒川流域に大きな浸水被害が発生しました。これを契機として、荒川下流改修計画が策定され、人工の川、荒川放水路約22kmがつくられました。

    岩淵水門の周辺地図

    旧岩淵水門は荒川放水路ができたときに、放水路と旧河道(隅田川)との分派点に設けられ、隅田川に荒川の洪水が流入するのを制限していました。
    その後、施設の老朽化が進行したこと、昭和48年に荒川の基本計画が改訂されたことに伴い、水門の高さの不足が生じたことから、全面改築されることとなり新しい岩淵水門がつくられました。
    旧岩淵水門は、今は水門としての役目を終えていますが、子供たちの学習の場や、人々の憩いの場として保存されており、平成21年には荒川放水路とともに近代化産業遺産に認定されています。

    岩淵水門の航空写真
    • 旧岩淵水門 旧岩淵水門
    • 岩淵水門 岩淵水門


    下の画像は岩淵水門の近くにある荒川知水資料館で、荒川流域の人と情報の交流、また北区における河川公園管理の拠点としてこれらの機能を集結させる形で平成10年3月に開館しています。

    荒川知水資料館 荒川知水資料館


    旧岩淵水門の手前にある電信柱のようなもの。これは荒川水位の観測を始めた昭和2年からの洪水の水位の記録を示しています。
    一番上は昭和22年(1947年)のカスリーン台風時で8.60m(A.P.※ )。次が昭和16年(1941年)の8.27m(A.P.) 。3番目が昭和33年(1958年)狩野川台風時の7.48m (A.P.)となっています。
    ※A.P.とはArakawa Peilの略。東京湾霊岸島量水標零位を基準とする基本水準面。荒川、中川、多摩川等の水位の基準となっています。

    荒川の増水記録ポール 荒川の増水記録ポール


    水門近くには、岩淵リバーステーションがあります。
    荒川は大規模震災時に、火災や瓦礫により使用が困難になる市街地の道路等に代わり、震災時の災害復旧に必要な人や物の輸送・移動ルートとしての役割が期待されています。
    リバーステーションは、震災時における被災者への救援物資の輸送や被災箇所への復旧資機材の輸送等、水上輸送の拠点として整備を行っているものです。

    岩淵リバーステーション 岩淵リバーステーション
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