かわづくり
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伝統的治水施設の保全と整備
伝統河川工法
御勅使川と釜無川をセットで治水の構想
甲府盆地を氾濫の水禍から護るためには釜無川を安定させる必要がある。その為には、支川の御勅使川を安定させなければならない。御勅使川は巨摩山地の脆弱な地域を流域とし多量 の土砂を流下させて半径が約4kmの扇状地を造り、その上を河床勾配が1/60以上で流れる極めて急流な河川です。
御勅使川は信玄公時代には距離杭K-175の右岸付近で釜無川に合流していました。概ね現在の神明川の川筋です。多量 の土砂を堆積させ、しかも急流な御勅使川が、この地点で合流すると釜無川を盆地の中央に押し出しますので治水の上からは極めて危険な状態でした。天文11年の大水害の経験から甲府盆地の開発と安定した土地の利用のためには釜無川と御勅使川をセットで改修する事が必要だと考えました。しかし、この改修を進めるには次のような課題がありました。1,釜無川を氾濫させない為の堅固な堤防の築造
2,大洪水でも堤防が決壊しない為に堤防に懸る水勢を減削
3,釜無川の左岸に御勅使川の激流を衝かせないような安定策
4,釜無川と御勅使川が流下させて来る多量の土砂の対処
5,治水施設の機能を維持し治水の重要性を領民に周知する方策
以上のことを解決するのは大変な苦労と困難がありました。解決に向けて信玄公は次のように河川改修事業を進めました。図一5を参照しながら説明をしましょう。
先ず御勅使川の河道を安定させるために、図一5のA地点(南アルプス市築山)に巨大な「石積出し」を造って扇頂部における乱流を抑止し御勅使川の河道の安定をはかる。B地点(南アルプス市有野)とC地点(韮崎市竜岡)に「将棋頭」という分流構を設けるとともにD地点(堀切り橋付近)を開削して新たに新河道を造り流れを二分させて水勢を弱める。E地点(韮崎市御座田)に十六の巨石を置いて釜無川との合流を調整しさらに釜無川の主流がF地点「高岩」に突き当たる流向とする。その下流の左岸には、竜王の鼻に山付けしたいわゆる信玄堤を築造する。堤防を直接、洪水が襲わないように「出し」を前面 に置き、二重の備えとする、(G地点)万一にも堤防が決壊して洪水が氾濫した場合はH地点「飯喰」と「臼井」に霞堤の開口部を造っておき氾濫の水を川に戻すという構想です。
高岩に向かって流れる富士川(釜無川)
独特の足運びで御輿を練る「御幸さん」
こうして完成させた治水施設を永久に護り維持するために信玄公は、竜王河原宿の人々に対し堤防を始めとする管理を命じると共に税を免除して人心を把握する措置を執りました。また天長の昔から甲府盆地を横断して一宮町の浅間神社から信玄堤のある三社神社まで神輿が練る「御幸さん」の水防祭りを盛大に挙行して領民に治水の重要性を周知させました。
現在でもこの伝統は引き継がれ毎年、出水期の前の4月15日に日本一の水防祭り「御幸さん」が行われています。富士川(釜無川)と御勅使川の合流点付近(後方は南アルプスの山々)