line

街道について
line line東海道Q and Aトップ
line line
line line
line line東海道について
line line
line line
line line宿場について
line line
line line
line line街道について
line line
line line
line line東海道と人物
line line
line line
line line東海道と人物について
line line
line line
line line東海道の地図・絵画・文学について
line line
line line
line line東海道の地図・絵画・文学について
line line
line line

Q5 なぜ箱根旧街道に石畳を置いたのですか?
A5 箱根八里は東海道の最大の難所でした。標高800mを越える山中であることに加え、ひとたび雨や雪などが降ると、旅人はすねまで泥につかるありさまで、歩くのがたいへん困難だったからです。そこで旅人の便宜を図るためにつくられたのが石畳の道です。
しかしはじめから石畳が敷かれていたわけではありません。寛永元年(1624)に来朝した第3次朝鮮通信使の記録によると、竹が敷きつめられていてまるで乾いた道を行くようであった、と記録されています。これは箱根山に群生している通称「箱根竹」と呼ばれる細竹のことです。
ところが道に敷かれた竹は腐ってしまうため毎年敷き替えなければなりません。そのために多くの竹と人手、お金を必要としました。
そこで幕府は、延宝8年(1680)公金1400両あまりをかけて、箱根峠から三島宿に至る西坂のうち、約10kmを石畳の道としたのです。箱根峠から小田原宿へと下る東坂には、現在7地点、3.3kmにわたって石畳が残っていますが、それについては史料がないため詳しいことはわかっていません。

写真:箱根の石畳
写真:箱根の石畳


Q4へ戻る - Q6へ進む