●改修計画
霞ヶ浦沿岸は低平地のため、古くから洪水に見舞われていましたが、関東郡代・伊奈備前忠次(約400年前)による利根川の東遷により一層拍車がかかり、水害常襲地帯となりました。このため、霞ヶ浦の洪水低下計画は古くからおこなわれ、中でも現在の鰐川千拓地から鹿島灘へ通じる放水路(居切堀)を明治初年に疎通しましたが、効果は見られず、現在では用水河川としての掘割川にその跡をみることができます。
また、現在の常陸利根川の川筋は、利根川の第一期工事の中で利根川本川の付替えにより誕生したものです。工事は明治33年から明治42年の間で計画施工され、川幅182メートル深さ2.7メートルに浚渫し、霞ヶ浦・北浦の放水路として現改修工事以前の姿が形成されました。しかしながら、湖水貯水量に対し、そのはけ口である河道は狭小で排水が悪いほか、利根川本川の水位に影響され易い地形であったことから、昭和3年6・7月、昭和22年9月等の大出水では湖岸周辺に莫大な被害を与えました。このため、抜本的な湖水位低下のための改修工事の策定が強く要望され、昭和23年8月30日付(建設省告示55号)で法河川として認定されました。
常陸利根川の改修工事では、「霞ヶ浦放水路計画」に基づき、河道流下能力の増大を図るために、当時の川幅約100メートル〜150メートルを北利根川において280メートルとしました。また常陸川を、320メートルに拡幅するため、昭和23年度より低水路部の浚渫から着手しました。また、昭和55年12月には利根川水系工事実施基本計画の改定に伴い、霞ヶ浦も昭和13年洪水規模でも安全であるような計画となり、平成元年11月には現改修計画に改定され、平成8年3月、河川及び湖岸堤が霞ヶ浦開発事業の完了にともない一部を除き暫定断面においてほぼ完了しました。
| 項 目 |
内 容 |
| 対象洪水 |
| ● |
昭和13年6・7月洪水(順流) |
| ● |
昭和16年7月洪水(逆流) |
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| H.W.L. |
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| 継続時間 |
| ● |
Y.P.+2.00メートル以上の水位継続時間を7日以内 |
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工事実施の
基本方針 |
| ● |
洪水時の湖面水位の上昇を制御 |
| ● |
洪水時間の短縮 |
| ● |
低地地域における洪水の氾濫防止 |
| ● |
沿岸地域の冠水被害の防除 |
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| 対 策 |
| ● |
常陸川水門により利根川からの洪水の逆流防止(昭和38年5月竣工) |
| ● |
常陸利根川の引堤、浚渫および築堤による流下能力の増大 |
| ● |
霞ヶ浦等の湖岸堤工事により洪水の氾濫防止 |
| ● |
洪水位の低下を図るための対策の実施 |
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| 常陸川水門 |
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