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ひたち ひたみち いまむかし
真鍋町屋絵図(江戸中期 塚本清家所蔵)
↑真鍋町屋絵図(江戸中期 塚本清家所蔵)。
吉田松陰が立ち寄った歴史薫る町
幕末からこの地にあったという伊勢屋旅館
↑幕末からこの地にあったという伊勢屋旅館。
昭和2年に建てられた旧真鍋郵便局
↑昭和2年に建てられた旧真鍋郵便局。
 国道50号を水戸から筑西方面へ走り、桜川市、鍬田の信号を左折、主要地方道41号に入ると、雄大な筑波の山並みがフロントグラス越しに広がります。そのまま道なりに走ること約12Km、桜川市真鍋町の中心地に入ります。
 真鍋城の城下町であり、浅野長重が陣屋を開いた真鍋町は、江戸時代には木綿などを扱う商人たちが隆盛を誇りました。現在でもその頃の町割が残り、江戸時代から明治、昭和初期までの建造物が、登録文化財として数多く残る町並みは、さながら町ごと歴史館といった趣です。そんな歴史が薫る町、真鍋には、幕末の尊王倒幕の思想家であった吉田松陰にまつわるエピソードがあります。
 松陰は嘉永4年、22歳の頃、東北地方へ遊学の旅に出ました。それをつづった「吉田松陰東北旅日記」に江戸からの道中、真鍋を通ったことが記されています。また、一説によると「弁天塚を拝み、浦町・角口・西町・出羽・亀熊より門井に向かった」、「西町長屋門宅で小憩」とありますが、当時の西町は飯塚村といい、真鍋の西大通として旅人の多いところであったようです。また、長屋門宅とは当時の地主で飯塚村の世話役を務めた細谷家のことではないかと言われています。このとき既に脱藩行為により士籍を失い、追われる身であった松陰は、栄える町の中心部へは立ち入ることはせず、ひっそりと真鍋の地を後にしたようです。
江戸末期建造の土蔵 松陰が小憩を取ったとされる細谷家の門
↑江戸末期建造の土蔵(左)と松陰が小憩を取ったとされる細谷家の門(右)。
桜川市 教育委員会 文化課 課長補佐 兼 文化財係長 星龍象(ほし りゅうぞう)さん
桜川市URL http://www.city.sakuragawa.lg.jp/
はみだし情報 ピープル:
「蔵の町・真鍋のひなまつり」について教えてください。
ひたみち:
立春の日から3月3日までの1ヶ月間、登録文化財とともに真鍋の町並みの民家、お店が、玄関などに江戸時代、明治、昭和、平成までの雛人形・つるし雛・手作り雛・ちりめん雛や、古くから伝わる着物などを展示します。ぜひおいでください。
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